〜 静かなる情熱 きらめく熱き躍動 〜
YAMAHAホール ライブレポート二階席まで満員のホールに最初に鳴り響いたのは、「梅花三弄(メイファサンノン)」の美しくも儚い旋律だ。瓊瑤(けいよう)の同名小説をもとに中国で大ヒットしたドラマのテーマソングで、楊雪がこの曲を演奏した動画がTikTok(世界的な動画共有サービス)で約48億回以上再生されたという背景を持つ。世界中を魅了した旋律は、この日の観客を一瞬で虜にするには十分だった。
次いでオカリナ曲「故郷の原風景」、そして楊雪のコンサートでは定番となっている「賽馬(サイマ)」が、心のふるさとや古き良き素朴な風景を想起させ、ここが銀座だということを忘れさせてくれる。二胡の音色が誘う世界へ心が開き、すべてを受け入れる素地が整ったとも言えるだろう。
満を持して披露したのが、オリジナル曲の「雪の舞」。実は楊雪が伝統あるYAMAHAホールで演奏をするのはこれが初めてではない。2014年に「楊雪二胡コンサート」を開催し、同ステージに立つのは約9年ぶりのこと。9年の間に本場北京で研鑽を積み、以前はなかったオリジナル曲をいくつも製作し、無謀だと言われた中国でのコンサートや、大きなホールでのツアーも成功させた。この9年を噛みしめるように弓で奏でる姿には、これまでに培ってきた自信と矜持がみなぎっているようにも見えた。なるほど、これが「静かなる情熱」――そう感じた人も少なくないはずだ。
そしてここからは急転直下、「動の情熱」が二胡に宿る。音楽が好き、という原点となったマイケル・ジャクソンの楽曲「Rock With You」、大好きだというRPGゲーム『クロノ・トリガー』のオリジナルサウンドなどを経て、極めつけは情熱的なタンゴ・ナンバー!
真っ赤な妖艶なる衣装で登場し、堂々とステージ中心に歩を進める姿に、客席からもわあっと声が上がる。奏でるのは、世界中のプロダンサーが舞い踊るタンゴのスタンダードナンバー「Encanto Rojo」。座って弾く二胡の静謐なイメージとは対照的に、立ってステップを踏みながら演奏するばかりでなく、曲の間にはゲストのタンゴダンサーとともにほとばしるパッションをダンスにぶつけた。
鋭いスタッカートに強靭なリズム。ロマンティックでメランコリックな世界観に思わず体の奥が熱くなる。全身で表現される情熱のうずに巻き込まれた会場からは、二胡のコンサートとは思えないほどの大歓声と万雷の拍手が巻き起こり、会場の熱気は最高潮のまま、圧巻の第一部が幕を下ろした。
誰もが心の奥にポッと情熱が灯る、あの瞬間の高揚感を抱いたに違いない。そんな余韻も冷めやらぬ中、第二部の幕開けとなったのが「二泉映月」。二胡の十大名曲のひとつで、作曲者の阿炳(あびん)は35歳で失明し、自らの不遇な人生や生活体験の苦難をこの曲に写したという。すすり泣くような、やりきれないような、二泉胡の低音が染み入ってくるこの曲は、先ほどまでの高揚感との落差があまりにも大きく、それだけに重く静かな衝撃を心にもたらす。
コンサートはプログラムの構成が何よりの要となるが、考えつくされた静と動の揺さぶりが濃い感動を呼び起こすことを知ってはいても、それを実践できるアーティストは多くはないだろう。私たちの想像を絶する体力・気力が、表現者側に求められるからだ。しかし、楊雪はそれをやってみせた。自身の気力や体力の限界までやってみせる――第二部の幕開け早々、そんなメッセージをぶつけられたような気がした。
さらに、次の曲にも集中力と体力を要する「黄砂」を選んだ。楊雪いわく、「(師であり父でもある)楊興新に、集中力と体力が続かないからやめておきなさい、と止められた」と言う。師が止めるほどの過酷な演奏を、ただでさえ負荷が多いプログラムの後半に組み込む理由は、「みんなを喜ばせること、楽しんでもらうことが好きだから」。そう、「好きだから」。このシンプルな、しかしまっすぐに前を見据えた「好き」という気持ちこそが、彼女の情熱の正体なのだ。
YAMAHAホールの素晴らしい音響や照明を、ポテンシャルのかぎりを尽くして楽しんでもらいたい。そのためにできることはなんだってやる。だって、楽しませるのが好きだから。
好きな曲やアーティスト、二胡だけでなく好きな芸術や文化、自分の好きなことはクロスオーバーさせていきたい。「好き」の掛け算が新しい「好き」を生むから。 コンサートの端々から、そんな声が聞こえてくるようだ。「好き」という気持ちほど強く人を動かすものはない――あらためてその事実に感じ入り、知らず知らずのうちに心がわきたっている自分がいる。
コンサートの終盤は、今年3月に亡くなった故・坂本龍一氏作曲の「ラストエンペラー」の重厚な演奏のあとに、さわやかで力強いオリジナル曲「雲・海 sea of clouds」でフィナーレを迎えた。自身にとって初となる昼夜2公演という挑戦を終えた楊雪は、「雲・海 sea of clouds」で表現された、雲を突き抜けた先にある晴れ渡る景色のように、すがすがしい表情を見せた。
「たくさんの皆さまに支えていただいて、今日本当に幸せに思います」 「私は、ずっと応援してくださる皆様が“大好き”です!」
静かなる情熱、きらめく熱き躍動。約2時間、どっぷり魅力にひたれば、あなたもきっと楊雪を「好き」になっている。
YAMAHAホール
楊雪 情熱の二胡コンサート2023
2023年10月01日(日)
「激しい情熱なくして世に偉大なるものが成就した試しはない」と言ったのはヘーゲルだったか。情熱とは、人が前に進むために、深く内奥を掘り下げるために、高みに一歩でも近づくために、世界を広げるために、絶対に必要な条件だ。
2023年10月1日に銀座YAMAHAホールで開催された二胡奏者・楊雪のコンサートテーマは「情熱」。キャッチコピーに「静かなる情熱 きらめく熱き躍動」とある通り、静と動が激しく交錯する、熱く忘れられないひと時となった。